■この映画のストーリー
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この映画はイギリスの郊外の大邸宅(カントリー・ハウス)を舞台に、屋敷の「階上」に住む上流階級と「階下」の使用人たちを対照的に描いた映画である。映画手法として、「階上」と「階下」の世界を早いテンポのカメラショットで交錯させたり、同一場面で複数の登場人物たちに状況だけを与えて自由にしゃべらせ、カメラで同時撮影して編集するテクニックを用いたりしている。そのために会話がまるで二重唱のように響いてくるシーンもあり、リードする言葉をキーワードにして事態を理解しなければならない。とにかく、大勢の登場人物の顔と名前の一致や人間関係が分かるまでに時間のかかる映画でもある。
しかし、物語の進行につれて、午後のお茶会、キジ猟、狩猟のあとの野外昼食会、8時の晩餐会・・・へと英国貴族社会の古い慣習にしがみつく人々や、その下で働く使用人たちの群像リリーフがやがて鮮明になってくる。そして、そこに映画監督、ロバート・アルトマン特有の創作世界が広がるのである。監督は人物たちの人生や背景を簡単には明らかにしてくれないが、彼らの会話に耳を澄まし、その言葉の断片と細やかに動く視線を見逃さなければ、霧の晴れ間に見える景色のように物語が見えてくる。
映画のオープニング・シーンは、1932年11月。凍るような雨の中を「ゴスフォード・パーク」のカントリー・ハウスで週末を過ごすために向かう光景で始まる。
ホストはこの屋敷のマッコードル卿夫妻。家族は乗馬好きで優雅な容姿の妻シルヴィアと適齢期の娘イゾベルの3人。卿は第一次大戦で財を築き、今は狩りにしか興味がなく、伯爵家出の妻の親戚への資金援助を打ち切りたいと思っている。ゲストは、シルヴィアの妹夫妻が2組と伯母のトレンサム伯爵夫人、マッコードル卿の従弟で映画俳優のアイボアとその友人のハリウッド映画製作者、さらに妻が貴族出でない夫妻が1組と、娘婿候補の青年貴族とその友人である。ゲストは付き人たちを連れている。当家にも執事や、家事を任されているミセス・ウィルソンや料理人やメイドや従者やその他多くの使用人がおり、この週末はとくに大勢の人々がこの屋敷で過ごすことになった。
玄関でホストに出迎えられた客たちが屋敷に入ると、ミセス・ウィルソンが部屋割表や荷物仕訳票を片手に、客と付き人の寝室や荷物の置き場所、貴重品や銃の保管の手配をしている。ゲストに「階上」の客室を、付き人には「階下」の相部屋を割りあてる。完全に二つに分けられた世界が存在する。
「階下」では、召使たちが裁縫室、食料貯蔵庫、食器室、台所、使用人休憩室を足早に出入りして働いている。表向きは従順に主人に使えているかのように見えるが、じつは耳をそばだてて「階上」の人たちのゴシップ集めもしているのである。「階上」ではお茶会や晩餐会が行われ、男性たちは不況で破産寸前の資金調達の依頼やハリウッド映画製作の話に、女性たちは服飾の話やブリッジや音楽に興じたり退屈したりしている。翌日、「キジ猟」が行われた。
狩猟のシーンはジャン・ルノアールの Refle du jeu, La(1939, The Rules of the Game)を参考にしたそうである。本映画では空に放たれて飛翔するキジを一発で撃ち落す狩りのゲームが始まると、猟犬が地上に落ちたキジにとびかかり、獲物を口に咥えて主人の元に戻ってくる。空を背に飛翔するキジの極度な美しさと残酷さの光景である。ちなみに、J・ルノアールの映画もカントリー・ハウスに住む貴族と殺人者と下僕の物語であった。
この「キジ猟」が行われた晩に事件が起こる。一つは晩餐会でマッコードル卿とエルシーとの密通がばれてしまう。一つは卿が書斎で何者かに殺害された事件である。事件は作曲家で人気俳優のアイボア・ノヴェロの弾くピアノと甘い歌声が屋敷中に響き、召使たちが階段の下にうずくまってうっとりと聞き惚れている最中に起こった。 検察官と巡査が犯人探しを始めるが・・・。容疑者は、融資を断られた義弟、不可解な行動をとるゲストの従者、「嫌っている」と言った者、密通していたメイド、娘の脅迫者、結婚を反対された若者、過去のある者・・・。被害者は毒殺された後にまたナイフで刺し殺されている。なぜ二度の殺人が行われたのか。だれが殺人者なのか。これまでに交わされてきた何気ない会話やエピソードがオーバーラップして、突然リアリティを帯びてき、それらすべてが犯人を推定するキーワードになってくる。
一晩足止めされた翌朝、招待客は屋敷を去っていく。解雇されたエルシーも新しい転機を求めてロンドンへ発つ。彼女を見送ったメアリーはミセス・ウイルソンに会いに行き、その過去を聞かされる。That's
what's important, his life. I'm the perfect servant. I have no life.(本書
p.186)と凛々しく言うミセス・ウイルソンだが・・・
車中でメアリーを待つトレンサム伯爵夫人は召使たちの間の噂を聞きだそうと遠まわしに言うが、メアリーは I know. And what
purpose could it possibly serve anyway?(本書 p.188)と応える。
車はもと来た同じ小道を戻っていき、遠景にゴスフォード・パーク。そして映画は閉じる。
映画は時間と空間を映し出す映像の流れであり、それによってリアリティを表現するものだが、かってのフランスのヌーヴォー・ロマン小説家たちはこのことを知っていて、それをあえて文章で表現しようとしたが、映画監督は映像とセリフで人生のリアリティを表現する。ロバート・アルトマン監督は『ゴスフォード・パーク』で、あたかも小説家が書くように奉公人の視線で語らせ、「階上」と「階下」の二つのヴィジュアル化した世界を創作している。『ゴスフォード・パーク』は、観る物として同時に読む物としての機能も添えて、さらに多くの楽しみを提供してくれるのである。
本映画は映画手法としては、「グランド・ホテル形式」とか「アンサンブル劇」とかいわれるが、映画の舞台に設定されている1932年という年はなんと、この「グランド・ホテル形式」という用語を産み出した映画史上の名作『グランド・ホテル』が第5回アカデミー作品賞を受賞した年でもある。おそらくアルトマン監督の意図があったのだろう。映画『ゴスフォード・パーク』は、惜しくも、第74回(2001年)アカデミー作品賞を逃したが、脚本を担当したジュリアン・フェローズが最優秀脚本賞を受賞した。
第74回(2001年)アカデミー賞については、上記のほか、『ゴスフォード・パーク』の監督賞でロバート・アルトマン(監督・原案・製作)、助演女優賞:ヘレン・ミレン/マギー・スミス、美術監督・装置賞:スティーヴン・アルトマン(美術)/アナ・ビノック(装置)、衣装デザイン賞:ジェニー・ビーヴァンの諸氏がノミネートされた。さらに、同年のゴールデン・グローブ賞・フロリダ映画批評家協会賞・英国アカデミー賞・ロンドン映画批評家協会賞・ニューヨーク映画批評家協会賞の他、多数の賞を受賞している。
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塚田 三千代 |
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■この映画の英語について
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この映画の場合は最初に監督の原案があって、そのアイディアをジュリアン・フェローズが脚本にした。しかもそれをベースにして英国を代表する俳優たちが、それぞれの状況をふまえて自由に会話を交わしているので、言葉がじつに自然で生き生きとしたものになっている。まず、多くの人物が登場するので、英語のリズムや発音「なまり」や、境遇や身分による話し方の違いなどの多様なものを味わえる。
伯爵夫人のいつも相手を探るような遠まわしのしゃべり方、シルヴィアの気位の高いスノッブな口調、アメリカ人であることを隠すためにスコットランドなまりのアクセントでしゃべるヘンリー、ハリウッド映画製作者ワイズマンの気さくなアメリカ英語、米語も取り入れ新しい転機を求めるエルシーの話し方、融通のきかない口調の執事ジェニングス、家政婦ミセス・ウイルソンのてきぱきとした話し方、スコットランド出身のメアリーの話し方などである。
次に、英語の話術についても、コミュニケーション・ギャップやユーモア、言葉の比喩や暗喩、会話のインタラクティブなやりとりと感性の深さにも注目してもらいたい。この例を2、3あげておこう。
●狩りに来て、肉を食べない「ベジタリアン」に驚きの声を上げる料理長のミセス・クロフトに、狩をするのが目的でなく「ちょっと雰囲気を知るため」とヘンリーが言うのを聞いて、メGet
a bit of air?モ と復唱して首をかしげる彼女には、この意味が「良い空気を吸うため」と伝わったのかもしれない。彼女には意外ななことであった。
HENRY : He's a vegetarian.
MRS. CROFT : A what?
HENRY : A vegetarian. He doesn't eat meat. He eats fish, but not
meat.
MRS. CROFT : Well, I never! Doesn't eat meat? He's coming for a
shooting party, and he doesn't eat meat.
HENRY : Mr. Weissman doesn't intend to shoot. I think he just wants
to walk out with them, get a bit of air.
MRS. CROFT : Get a bit of air?(本書 p.34)
●アメリカ人はみんな「枕の下に銃を置いて寝るのに狩はしない」と思ってるのよと夫を皮肉るシルヴィアに応えて、アイボアは、アメリカ人は「キジ狩りより人間同士の殺し合いに興味があるのですよ」とシニカルに言う。
SYLVIA : He has this ridiculous idea that Americans all sleep with
guns under their pillows.
IVOR : Well, they do but they're more for each other than for killing
birds. (本書 p.36)
●死人を刺した人には分かっていたはず。死体を刺す人なんていないわ・・・。これに続くセリフの最後の3行には、2人の高まる感情が溢れ出ている。
MARY : Even if you did,.... No one could stab a corpse and not know
it.
PARKS : Really? When was the last time you stabbed a corpse?
MARY : You really murdered him, then.
PARKS : I don't know. I don't care.(本書 p.168)
これらの他にも、『ゴスフォード・パーク』の映画には、感性あふれるセリフがたくさん散りばめられているのである。 |
塚田 三千代 |
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■目次
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1. |
Arrival |
到着 |
……………… |
8 |
2. |
Afternoon Tea |
午後のお茶会 |
……………… |
28 |
3. |
First Dinner |
初日のディナー |
……………… |
52 |
4. |
A Hot Glass of Milk |
熱いミルク |
……………… |
68 |
5. |
The Hunt |
キジ狩り |
……………… |
84 |
6. |
Discretion |
思慮分別 |
……………… |
100 |
7. |
A Real Charlie Chan Movie |
チャーリー・チャンが現実に |
……………… |
122 |
8. |
Pretences |
偽りの素性 |
……………… |
146 |
9. |
Jennings' Reference |
ジェニングスの照会書 |
……………… |
170 |
10. |
Mary's Question |
メアリーの疑問 |
……………… |
184 |
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■コラム
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アンサンブル劇の名手、ロバート・アルトマン(谷川建司) |
……………… |
82 |
1930年代のイギリス人とアメリカ英語(東海林康彦) |
……………… |
182 |
時代背景とフィクションにちりばめられた事実(谷川建司) |
……………… |
190 |
ゴスフォード・パーク人間関係図 |
……………… |
192 |
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい → 難しい
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
24点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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