■この映画のストーリー
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ヴェローナの勢力を二分する大財閥、モンタギュー家とキャピュレット家の間には、昔年の遺恨からたえず摩擦が起こっていた。街中では憎悪を剥き出しにした若者たちが両家に別れて白昼堂々と、互いに銃を向け合っている。そんななか、モンタギュー家の一人息子、ロミオはあたりの喧騒に目をくれることもなく、うっそうと生い茂った早朝の楓の森をただ一人さまよい歩き、太陽が東の空に昇るやいなや、自分の部屋に逃げ帰り、かなわぬ恋の悲しみに涙していた。親友マキューシオの誘いで宿敵キャピュレット家の仮装パーティにあえて出かけて行ったのも、愛しいロザラインが参加すると聞いてのことだった。中世の騎士の鎧に身を包み、人混みの中に紛れ込んだロミオを待っていたものは、しかし、これまでの心の痛みを吹き飛ばす衝撃的な出会いであった。天使の羽を着け、水槽の向こうからロミオを見つめる美しい少女と目と目が会った瞬間に、彼らの間に激しい恋の炎が飛び散り、メラメラと燃え上がっていったのである。皮肉なことに、その少女の名前はジュリエット。何世代にもわたって血を流しあってきたキャピュレット家の一人娘だったのだ。
だが、いかなる敵意も憎しみも一度火のついた若い二人の想いを妨げることなどできはしない。パーティーの帰途、ロミオはキャピュレット家の塀をよじ登り、敷地内に忍び込むと、ジュリエットの部屋の窓辺で甘い恋の言葉をささやき、青々と水をたたえたプールの中で真実の愛を誓うのだった。翌日早朝に訪れたロレンス神父の教会で、ジュリエットとの恋を打ち明けて彼女と結婚させて欲しいと頼むロミオに、神父は「激しすぎる恋は激しい結果を生むことになる」と諭しながらも、この結婚がきっかけとなり、両家の間に和睦が成立するかも知れないと考えて、二人を結婚させる。
悲しい事件が起こるのはそんな至福の直後のこと。かねてからロミオに激しいライバル意識と憎悪を抱いていたジュリエットのいとこ、ティボルトがロミオに挑みかかっていったのだ。ジュリエットと秘かに夫婦の契りを交わしたばかりのロミオにとって、彼女を想えば、ティボルトの侮辱に耐えるしかない。だがロミオが耐えれば耐えるほど、ティボルトの憎悪はエスカレートしていく。見かねて立ち上がったマキューシオがティボルトに殺されるに及んで初めてロミオは怒りを表し、車で逃走するティボルトを追いつめるや、彼に弾丸を撃ち込んだ。このおぞましい事件で、愛する夫ロミオがヴェローナからの追放に処された悲しみと、両親によりパリスとの結婚を強いられている苦しみから狂乱状態に陥るジュリエットに同情したロレンス神父は一計を案じる。人を死んだように見せかける毒薬をジュリエットに与え、彼女が遺骨安置所に葬られた後、目覚めたところでロミオと駆け落ちさせるというものだ。だが、何ということだろう。ロレンス神父の計画を知らせる手紙がロミオの手元に届けられる前に、ロミオはジュリエットの訃報を耳にしてしまうのだった・・・。
この映画は英国の大文豪シェークスピア(William Shakespeare, 1564〜1616)の悲劇『ロミオとジュリエット』(Romeo
and Juliet, 1595?)を、『ダンシング・ヒーロー』(Strictly Ballroom, 1992)で映画界デビューを果たしたオーストラリア生まれのバズ・ラーマン(Baz
Luhrmann, 1962〜)が映像化したものだ。物語の展開や登場人物、ならびにセリフはほとんど原作のままだが、時代背景がシェークスピアの時代とはうって変わって、400年後の現代になっているところにこの作品の斬新なアイディアと面白さがある。イタリアのヴェローナに見立てての、照りつける陽光を浴びて輝く高層建築の立ち並ぶロケ地マイアミとメキシコ・シティ、ロックやラップ・ミュージックがけたたましい音を立てて鳴り響くなか、派手なアロハ・シャツを着た若者たちが車をブッ飛ばしたり、ガソリンスタンドで宙を舞いながら45口径を撃ち合うさまは、タランティーノ(Quentin
Tarantino, 1963〜)の『トゥルー・ロマンス』(True Romance, 1993)か『パルプ・フィクション』(Pulp
Fiction, 1994)と見まがうほどだ。しかし、こうしたラーマンの描く現代がサボテンの花も咲かぬ荒涼とした砂漠地帯であればこそ、この小さな世界に蠢動する若者たちが激しくぶつかり、傷つけあうのも、あるいは小さな胸がかきむしられるほどに恋し、悩み苦しんでいたロミオがジュリエットに会った瞬間に、まるで何事もなかったかのようにそれまでの痛みをすっかり忘れ、彼女に夢中になってしまうのも、分からぬことではない。
ラーマンはこの映画の標題を敢えて William Shakespeareユs Romeo & Juliet とし、「我々はこの作品を、もしシェークスピアが映画製作者であったならきっとそうしたであろうように、荒々しく、セクシーで、過激で、面白いものにしたいと思っている」と語ったが、彼は文句なくそれらすべてに成功している。実際、この作品はシェークスピアの血に濡れた宿恨、激烈なロマンス、浅はかさから生まれた希望、そして運命に翻弄される若い男女の悲劇をモチーフに、錯綜とした現代社会とその中に生きる若者たちの迸るエネルギー、やり場のない怒り、そして愛と悲しみをハードボイルドに描いた独創性に富んだ見事な映画だ。
恋に生き、恋に死ぬロミオを演じるのはメリル・ストリープ (Meryl Streep, 1949〜)から「一世一代に一人か二人の天才」と称えられ、『タイタニック』(Titanic,
1997)でその感性豊かな才能をいかんなく発揮して世界のファンを魅了したレオナルド・ディカプリオ(Leonardo Wilhelm
DiCaprio, 1974〜)。そしてジュリエット役にはアメリカの人気TVドラマ My So-Called Life で頭角を現し、『若草物語』(Little
Women, 1994)では三女役を好演したクレア・デーンズ(Claire Danes, 1979〜)があたっている。両人ともエリザベス朝時代の英語にはときおり戸惑っている様子だが、はちきれんばかりの若さと美貌、そして何よりも彼らに備わっているみずみずしい感性で、若者の情熱や焦燥感、運命に対する無限の怒りと悲しみを全身で表現し、見ごたえのあるエンターテイメントにしてみせた、1996年度を代表する青春映画の傑作である。
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相模女子大学教授 曽根田 憲三 |
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■この映画の英語について
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古今東西を問わず、悲恋中の悲恋と言えばシェークスピアの『ロミオとジュリエット』、しかもそのヒーローをディカプリオが演ずるとあっては若者、特に女性たちから支持され人気を博すのは当然だろう。これを機に英語も勉強してみようかと言う方が1人でも増えれば幸いである。しかしシェークスピアの作品は近代英語ではあっても400年前に書かれたものであり、この映画の中の台詞は場面構成のため順こそ違え、ほぼ原作通りそのまま使用されているので今日用いている英語の常識だけでは分かりにくいところも出てくる。簡単にではあるがシェークスピアを読む際の、ひいてはこの映画の台詞を勉強をする際のポイントを指摘しておこう。
まず第一に頭に入れておかねばならないのは原作が「弱強五脚無韻(ブランク・ヴァース)」という詩型で書かれているということだ。例えばロミオがマンチュアに旅立つ朝のジュリエットの台詞は
Wilt thou be gone? It is not yet near day.
(× / ) (× / ) (× /) (× / ) ( × / ) (×は弱い母音、/は強い母音)
というように弱い母音と強勢のある母音の一組(脚)が五つ組み合わされて一行(ヴァース)となり、しかも次の行やその次の行の行末の音と韻をふまない(押韻しないのでブランクという)で続いていく。このブランク・ヴァースは後期の作品になるとあまり厳密に守られなくなるがこの原作ではわりと端正に守られている。これに留意しているとディカプリオやほかの俳優たちがどう処理しているのか興味をもって一文一文の聞き取りに集中できるはずだ。次に代名詞、二人称単数に使われる
thou、thy(thine)、thee の型に慣れねばならない。一般には you は丁寧な表現、thou は打ち解けた表現にも、祈りや詩など荘重な表現にも用いられ、その例としてジュリエットが神に祈る場面で盛んに使用されている。それに伴う動詞の活用も
thou -(e)st というように二人称単数にも語尾変化が起こり、また三人称単数も -(e)th と -(e)s の形があった。have
の二人称、三人称単数はそれぞれ hast、hath であり、do は助動詞として否定文、疑問文での用法がまだ確立しておらず、I
know not how to tell thee who I am のような例も見られる。他にも人称代名詞の属格と名詞が複合語のように一語として用いられるため
Sweet my mother(my mother を一語として考えているため my sweet mother にならない)のように語順が現代と異なることもある。
文法の知識はこれくらいにして1990年代の『ロミオとジュリエット』を楽しもう。古典劇の枠組の中で華麗かつ慎重に作られた台詞を現代アメリカ英語の発音で学べるのだ。シェークスピアの作品を研究するほど良い英語の学習法はないといわれるが、はなはだ言い得て妙である。 |
慶應義塾大学講師 及川 学 |
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■目次
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1. |
The Brawl |
争い |
……………… |
8 |
2. |
Favorable Love |
好ましい恋 |
……………… |
28 |
3. |
Queen Mab |
マブ女王 |
……………… |
42 |
4. |
True Beauty |
真の美人 |
……………… |
62 |
5. |
Father Laurence |
ロレンス神父 |
……………… |
76 |
6. |
The Nurse |
乳母 |
……………… |
86 |
7. |
Prince of Cats |
猫の女王 |
……………… |
104 |
8. |
Banishment |
追放 |
……………… |
122 |
9. |
The Remedy |
解決法 |
……………… |
142 |
10. |
A Righteous Kiss |
正当なキス |
……………… |
152 |
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■コラム
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『ロミオとジュリエット』の原作について |
……………… |
26 |
シェークスピア原作物の大胆な脚色・改変の例 |
……………… |
40 |
シェークスピア劇作品創作年表 |
……………… |
84 |
人気スターはシェークスピアへの挑戦がお好き? |
……………… |
102 |
ディカプリオの二つの顔 |
……………… |
140 |
レオナルド・ディカプリオについて |
……………… |
150 |
シェークスピアについて |
……………… |
168 |
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい(1) → 難しい(5)
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
35点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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