■この映画のストーリー
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デイヴィッド・グターソン(David Guterson, 1956-)が発表した最初の長編小説『ヒマラヤ杉に降る雪』(Snow
Falling on Cedars, 1994)をベースにしたこの映画で監督のスコット・ヒックス(Scott Hicks, 1953-)は、原作の持つ複雑さに忠実であろうとしてフラッシュバックを多用し、更にそのフラッシュバックの中にフラッシュバックを使うといった非線形的な多層構造を採用している。物語はクロノロジカルに語られることなく、時の流れを自由に越えて、現在と過去を行き来しながら、人物達の背景を肉付けしたり、映画の中心に横たわる謎に包まれた真実をさらけ出していく。どうやらこれは『シャイン』(Shine,
1996)でも同様のテクニックを用いていることから、ヒックスが最も安心できると感じている手法のようだ。しかし、複雑に入り組んだ物語の構成にもかかわらず、出来事の進行を追うことは何ら難しいことではない。子役時代を演じる役者と成人した時代を演じる役者の交代や、時代による服装並びにヘアースタイル、気候など諸々の要素を巧みに使ってそれぞれの場面がいつの時代のものであるかを我々に的確に伝えてくれているからである。
物語は日系アメリカ人に対する根強い人種偏見が渦巻く1950年代初期、ワシントン州西の小さな島で起こった事件をめぐって展開する。ある霧の深い夜、刺し網漁師カールがスーザン・マリー号で漁をしていたときに何かが起こった。翌朝、彼は自分の船の網に絡まった死体となって発見される。しかも彼の頭には鈍器で殴られたような傷があり、頭蓋骨が陥没していた。やがて、日系アメリカ人の漁師仲間カズオ・ミヤモトが殺人容疑で逮捕され、起訴される。裁判の模様を伝えるために現れた地方紙のレポーター、イーサン・ホーク演じるイシュマエル・チェンバーズは2階の傍聴席から裁判で繰り広げられる一部始終を真剣な表情で見つめている。早速この事件に関する取材を開始した彼は近くの灯台で裁判を大きく左右するであろう重大な事実を発見する。しかし、彼はそれをそっと衣服のポケットに忍び込ませたまま、新聞に掲載することも、法廷に持ち込むこともしなかった。彼の不可解な行動を我々が訝り始めるとき、少年時代の彼とハツエが人目を忍んで逢い引きを重ね、巨大なヒマラヤ杉の洞の中で愛を育む日々が美しい映像のモンタージュで映し出される。裁判にかけられている男の妻ハツエはイシュマエルの初恋の人物であり、彼が愛した唯一の女性だったのだ。過ぎ去った日々の思い出が美しく蘇ってくる。そうだ、もしカズオが有罪になれば、イシュマエルはハツエを取り戻せるかもしれない。切ない愛の想い出に呪縛されたイシュマエルは何よりも今それを心から願っているのだ。
だが肝心のハツエの方はどうだろう。確かに彼女は母親によるプレッシャーから有刺鉄線に囲まれた塀の中で、同じ日本人の血を持つカズオと結婚した。しかし本当のところ、彼女のイシュマエルに対する想いはどうだったのだろう。イシュマエルが彼女を愛するほどに彼女も彼を愛していたのだろうか。その答えは彼女が強制収容所からイシュマエルに送った一通の悲しい別れの手紙に読みとれるだろう。「私はあなたを愛していましたが、その同じ瞬間に、あなたを愛してはいなかったのです」と彼女は書いた。日本人に対する人種偏見がはびこるなか、数々の屈辱と苦渋をなめてきたであろう母親から、白人少年とつきあってはいけないと言い聞かされるたびに母親に覚える反抗心が、不条理な社会に対するやり場のない怒りが、そして日系人であることの悲しみが、彼女を必要以上にイシュマエルへと駆り立てたのだ。それは「私は日本人になんてなりたくない」とのハツエの悲鳴にも似た悲痛な叫びに明白に現れている。そう、もしハツエがイシュマエルを一滴の濁りさえない純真な心で愛していたなら、彼の求婚を素直に受け入れて、『愛と哀しみの旅路』(Come
See the Paradise, 1990)における若い2人のように、親の反対を押し切って結ばれていたに違いない。だが、表面的な事実にのみ拘泥するイシュマエルには、彼女の小さな傷ついた心の奥底に宿る悲しい秘密など到底分かるはずもなかった。だから、もしイシュマエルが一方的に彼女を取り戻せると思い込んでいたとすれば、この裁判についての彼の報道や、その後の判決の行方は大きな影響を受けることになる。果たしてカズオは有罪になるのだろうか。イシュマエルは恥ずべき行為に及ぶことにより、かつて国家が犯した愚行の歴史を繰り返そうというのだろうか。そんなとき、苦悩にあえぐ彼を見かねた母親の「彼女は結婚しているのよ」という一言が彼を過去の呪縛から解き放つ。机の上に置かれた父親の眼鏡を取るイシュマエルの脳裏に、コミュニティで最も尊敬されていた人物の1人であり、高潔の士であった生前の父の姿がありありと蘇ってくる。大戦中に危険をも顧みず日本人への不当な扱いに対して声高に反対を叫んでいたあの父の勇姿が・・・。
『ヒマラヤ杉に降る雪』は20世紀アメリカの恥ずべき歴史の1ページ、すなわち1940年代に十数万にも及ぶ日系アメリカ人たちを、ただ日本人の血が流れているというそれだけの理由から、アメリカ国内に設けられた10か所の強制収容所へと送り込んだ、あの大過に鋭く切り込んでいる。日本軍による真珠湾攻撃以後、アメリカ人達の心にはびこったパラノイアは、日本人とみれば誰をもその毒牙の犠牲にしていった。ヒックスはそうした狂気の時代をしっかりと見据えた上で、教訓的にならないように細心の注意を払いながら、日系アメリカ人たちの生活のフラッシュバックを挿入し、戦争という大きな時のうねりの中で起きた国家的人権侵害や個人による狡猾、愚劣な権利の蹂躙に焦点を当て、人間の愚かさと、であるが故の悲しさを描いて見せた。日系アメリカ人たちが徒歩やトラックで強制収容所へと引き立てられていくシーンの多くは、同時期にヨーロッパにおいてナチスがユダヤ人たちに対して行っていた悪魔的行為を呼び覚ますよう意図的に作られている。
ヒックスはこの映画において暗黒の歴史の第1章をバックグラウンドとして、幸薄き恋人たちの人生を縦軸に、偏見、倫理、高潔といった人間性を横軸に巧みに使いながら、感動的な物語を織りなすことに成功した。また、映画の全編にみられるように不気味な雰囲気を醸し出す視界を閉ざした垂れ込めた濃霧、氷のように冷たい社会、冷酷な人の心を暗示する凍てつくような氷と雪に覆われた風景、そして事件が解決した後の息を飲むほどにすがすがしく美しい純白の雪景色など、自然の驚異を自在に扱い魔法の世界を創り出す手際の良さは、彼の限りない力量と将来性の証明である。一方、俳優陣に目を転じると、心と体に負った傷と苦悩を露骨に表すことなく、感情を抑制した控えめな、それでいて力強い演技を見せるイーサン・ホークや国際的に活躍する工藤夕貴、そして2人の脇を固める老練なマックス・フォン・シドー、サム・シェパード、それにジェームズ・クロムウェルといったベテラン俳優たちの確かな演技がこの映画の魅力を一層高めていると言えるだろう。感動の涙なしには決して観れない、2000年の初頭を飾るユニバーサル映画の大巨編である。
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曽根田 憲三(相模女子大学教授) |
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■この映画の英語について
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なんと言っても、この映画は工藤夕貴の出演でしょう。ご存知のように、彼女は、Picture Bride(1996)に続いて、Heaven's
Burning(1998)、Snow Falling on Cedars(1999)と毎年のように海外の映画に《英語が出来る女優》として出演しています。経歴を見ると、英語の環境に育ったわけでもなさそうです。その英語力は、いつに彼女の努力とガッツに負っているのです。英語を目指す者にとって良きモデルであり、文字通り、スターと言うわけです。どんな英語を話しているか、まず彼女の英語に注目してみましょう。Native
speaker of English でないので、かえって聞き取りやすいのも有り難いことですが「うーん、よくここまでうまくなれたな」と、うならせると同時に、希望も与えてくれるでしょう。
映画は、「ハクジン」と日本人が同居している小さな共同体の中で起きた事件と、登場人物による回想が交互に描かれます。時代設定は、第二次世界大戦を挟んだ年です。ということもあって、漁師の言葉に少し口語形が入ってくるくらいで、難しいスラングもありません。センテンスも長くなくて、文法的にもやさしく、映画で英語を学ぼうと思い立った人たちには、かっこうの映画です。
ただし、法廷用語が少し要注意です。でも、これまで覚えていなかった人にとっては、この際しっかり覚えておく価値のある語彙がたくさん出てきます。まず、courthouse(裁判所)の
courtroom(法廷)に、bailiff(法吏)がいて、defendant(被告)の handcuff(手錠)をはずします。attorney(弁護士)、client(依頼人)、prosecutor(検察官)そして
jury(陪審)がそろい、judge(裁判官)が trial(審理)を始めます。そして、sheriff(保安官)とその deputy(副官)が事件と
evidence(証拠)の説明をします。質問に objection(異議)が申し立てられると、overruled(却下)されることもあり、sustained(認められる)こともあります。ちょっと、怖い
coroner(検死官)も登場します。工藤夕貴扮するハツエもwitness(証人)として、take the stand(証言台に立ちます)。証人は、裁判官が、The
witness may stand down. と言ってから、証言台をおります。検察側に続いて、the defense case(被告側の陳述)が始まります。stand
や case が独特の意味を持っていますね。
法廷で使われる文にはちょっと難しげなものがありますが、日本語でほとんど決まり文句になっているものが多いので、想像がつくでしょう。たとえば、That's
totally irrelevant./ The evidence sounds very solid./ This prosecutor
has his facts all lined up./Don't ever touch something at a crime
scene./In the interest of justice, the charges against you are dismissed.
等々です。 さあ、それではどんな事件で、どういう結末になるのか、そこに描かれる人間関係も含めて、じっくり映画とシナリオで楽しんでください。 |
大塚光子(相模女子大学教授) |
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■目次
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1. |
A Death in the Fog |
霧の中の死 |
……………… |
8 |
2. |
A Kendo Wound |
剣道による外傷 |
……………… |
24 |
3. |
Seven Acres |
7エーカーの土地 |
……………… |
38 |
4. |
You Must Live |
生きて |
……………… |
50 |
5. |
Manzanar War Camp |
マンザナー強制収容所 |
……………… |
60 |
6. |
Carl Heine is Dead! |
カール・ハイナが死んだ! |
……………… |
72 |
7. |
Painful Memories |
つらい記憶 |
……………… |
82 |
8. |
The Whole Truth |
余すところのない真実 |
……………… |
92 |
9. |
A Victim of Prejudice |
偏見の犠牲者 |
……………… |
100 |
10. |
I Had No Choice |
他に道はなかった |
……………… |
110 |
スコット・ヒックスと語る
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……………… |
121 |
キャスト紹介
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……………… |
143 |
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■コラム
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Japanese Defeating Prejudice |
……………… |
22 |
各国民に付けられた有り難くないあだ名 |
……………… |
48 |
マンザナー収容所 |
……………… |
70 |
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい(1) → 難しい(5)
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
21点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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