■この映画のストーリー
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Sydney Pollack の魔法によって作り出された、スピーディな物語の展開と息もつかせぬサスペンスの連続で我々を画面に釘付けにする『ザ・ファーム 法律事務所』は
Tom Cruise 演じる、自らの育ちを恥じる貧しい青年ミッチ・マクディーアの野心の行く末と押し寄せる暗黒の運命のうねりに敢然と立ち向かう彼の姿を描いたものだ。成功という二文字を心の糧に貧困に耐え、努力してきた彼は今や誰もが羨むハーバード大学のロースクールを5番以内の成績で卒業。だからこそ、ニューヨークやシカゴのあらゆるトップ企業から熱烈な誘いを受けるのも当然だろう。だが、彼はそれらすべてを断り、彼一人に白羽の矢を立てラブコールを送ってきたテネシー州のメンフィスにある小さな法律事務所を選ぶ。この一見謎めいた決定も、しかし、彼にとっては当然のこと、ただひとえに面接の際に提示された破格の条件に魅かれてのものだった。経済的に恵まれない家庭環境で育ってきた彼にとって人生における成功は彼の最終目標であり、それを計るべく物差しとしての金銭は人生の安定を約束してくれる頼れる保険というわけだ。とはいえ、彼が心から信じて疑わなかったこの信念もやがて大きく揺らぎはじめていくのだが・・・
ミッチは『氷の微笑』で奇妙な精神科医を演じた女優 Jeanne Tripplehorn 扮する妻のアビーを伴ってメンフィスへとオンボロ車で旅立って行く。そこで彼らを待っていたものは考えてもみなかった閑静な住宅街の瀟洒な家と新車のベンツ、輝かしい前途に喜びを隠し切れない2人。もちろん、このどちらにも盗聴マイクがしかけられていようとは知るよしもない。だが、しばらくして同僚の不可解な死をきっかけに彼は上司たちのうまい話に裏があり、法律事務所が悪魔と手を結んでいることに気づき始める。かねてから事務所の内偵を進めていたFBIが偶然を装ってミッチに近づき、その恐るべき秘密を暴露するのだ。クライアントの25%のみがまともな人々で、残りは麻薬や売春で金を稼ぐ悪党ども、しかも事務所のパートナーたちはマネーロンダリングに深く関わり、規制の穏やかな国外に運びやとしてマフィアの金を持ち出しているという。法律サスペンスものと呼ばれるもので、肝心の法律的な側面を軽視したものが目立つなか、この作品は税法にまつわる知識を至るところにちりばめた重厚にして、それでいて誰もが心から楽しめる見ごたえのあるエンターテイメントだ。しかも緊張を持続するためプロットの多くをさらけ出すことなく、ミッチはやがてFBIと、悪人を見事に演じる事務所の警備主任デヴァッシャーこと
Wilford Brimley との双方から同時に追われる羽目に。言うまでもなく、マフィアに捕まれば彼の命はない、かといってFBIに協力してクライアントの秘密をバラせば、クライアントの機密保持義務に違反したとして弁護士資格を剥奪される。彼は冷酷な殺し屋から逃れ、事務所の弁護士たちを出し抜いて自らの命と、弁護士資格を守るために筋肉と頭脳の限りを尽くして戦わねばならないのだ。
全体的なストーリーの流れにおいて明快にして迫力に満ちたこの作品は、今を時めく超売れっ子作家 John Grisham が1991年に発表した同名の小説が原作だ。なにしろ
Grisham 自身、ミシシッピー大学のロースクール卒業後、刑事事件専門の法律事務所で弁護士として働きながら84年から90年まで同州の下院議員を兼務した人物で、法律に関しては言うに及ばず、政治、経済、あるいは暗黒の世界を知りつくしているだけに、彼の文章には圧倒的なリアリティがある。しかも発売されるやたちまちのうちに大ベストセラーとなったこのリーガルサスペンスの脚本を担当したのは、『チャイナタウン』でアカデミーオリジナル脚本賞を受賞した
Robert Towne と、『コンドル』の David Rayfiel。さすがは名うてのライターだけに、2時間30分をかけて道徳と法律の迷路をくぐり抜け、ささやかな人生への回帰を果たす、原作とは違った、清々しい主人公の姿を見事に描いてみせた。
監督の Sydney Pollack は『愛と哀しみの果て』に代表されるように、長く、野心的な作品の製作を得意としている。ことにこの作品におけるように作中の人物描写を容易にするため、お馴染みの、定着したイメージを持った俳優を使うとき、その才能はいかんなく発揮されるのだ。例えば、法律事務所のシニア・パートナーである
Hal Holbrook だが、我々は彼を見た瞬間にどことなくうさん臭さを感じるだろう。Holbrook はほとんどいつも表面的には紳士だが、裏に暗い過去を背負った人物を演じるからだ。ミッチの教官となるパートナーの
Gene Hackman はどうだろう。彼にはどこか欠陥があるものの、基本的には憎めない善人であることが一目で分かる。なぜなら彼はアカデミー助演男優賞にノミネートされた『俺たちに明日はない』に代表されるように、いつもそうだからである。この作品の主人公
Cruise に至っては、人を信じやすく、身の周りで起こっていることに気づくのがいつも少々遅いため、しばしばトラブルに巻き込まれるも、強い正義感と意志の力でそれを乗り越えていく、常に誠実な人物の象徴なのだ。だからこそ彼が法律事務所の甘い言葉に飛びついたとき我々はすぐさま納得してしまう。
だが、この映画の成功は脇役陣の持ち味を存分に活かした演技に負うところ大といっても決して言い過ぎではない。頭を剃りあげた個性派俳優
Ed Harris が迫真の演技で法律事務所に対するFBIの立場を我々に納得させるにはわずか2、3シーンしか必要としない。また、殺人の罪で刑務所に入っていたためにミッチがひた隠しに隠した兄レイを演じた
David Strathairn の味のある演技も見逃せないだろう。その他、早口でしゃべる刑務所帰りの私立探偵ロマックスこと、Gary
Busey のカラフルな演技と、彼の忠実な秘書であり、Busey が殺された後はミッチの勇敢な相棒となる『ブロードキャストニュース』の
Holly Hunter の秀逸な演技の一つ一つが、説得力のあるストーリーと相まって、1993年を代表する驚嘆すべき作品を作り上げることに成功したと言えるのである。
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曽根田 憲三 (相模女子大学教授) |
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■この映画の英語について
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ハーバード大学出の弁護士ミッチとその妻。弁護士事務所の弁護士たちやその家族。彼ら、教養あるアメリカ人たちが交わす会話は、顔の表情や、所作を含めて、英会話の手本にできる。ここでは、その中から、私たちも遭遇するような場面、すなわち英会話の教科書には必ず出てくるような場面を少し取り上げてみよう。
まず初対面の挨拶。就職面接に来たミッチ。彼を迎え入れるラマー。 "Mitchell McDeere, right? Lamar
Quinn. Come on in. I'd like you to meet Oliver Lambert..." "How
do you do?" "Pleasure to meet you, Mitch."と、定番の会話が続く。聞き取りにくい部分もあるが、握手の仕方、座るタイミングなど、英語で面接を受ける際の参考にするには良い場面である。ところで、ミッチは初対面からニックネームで呼ばれている。アメリカ人はファーストネームで呼び合うことを好むが、初対面では
Mr. McDeere と苗字で呼ぶのが普通。彼らは、ミッチを獲得するために、意図的に親しみを込めて、Mitch と呼んでいる様子が読み取れる。
次に、自己紹介の場面。急死した2人の弁護士の葬儀の後、ミッチの上司エイヴァリーがミッチの妻アビーに声をかける。彼らはお互いに相手の名前は知っているが、まだ紹介されていない。まずエイヴァリーがアビーに近づき、“Mrs.
McDeere? I'm Avery Tolar."と声をかける。さて、夫の上司から声をかけられた場合、日本語ならば、「主人がいつもお世話になっております」と言えば済むが、英語にはそのような便利な言葉はない。その場に応じたせりふが必要となる。アビーは“Oh!
You're the reason I see so little of my husband these days."(まぁ、あなたですのね。主人を仕事漬けにしている方は)と応じる。彼女の笑顔、手の差し出し方。こういった言語外の表現は映画だからこそ学べる部分である。しかし、この後の場面はちょっと問題。なぜならエイヴァリーは、アビーの手を離そうとしないからだ。男性は、女性から手を差し出されたら、軽く握り返すのが無難。無視したり、エイヴァリーのように長く握っていたりしないほうがよい。
勧められたものを断る時には "No, thank you."が一般的だが、最近、"No, I'm fine."もよく聞かれる。この映画でも、ミッチが何度か使っている。冒頭の面接場面で、"Care
for a drink?"と聞かれ、"No, I'm fine."秘書のナイナの"Would you like me to pick
you up a sandwich?"に、“No, I'm fine, Nina. Thank you."なお、結末近く、マフィアの事務所で、"Would
you care to sit down?"と席を勧められた時のミッチの断りのセリフは“Uh, not really."である。
この映画では、マフィアの会話の内容もすぐに応用できるものが多く、英語の学習には最適の映画である。 法政大学講師 山本 正代
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山本 正代 (法政大学講師) |
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■目次
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1. |
Recruiting Offers |
人材スカウト |
……………… |
8 |
2. |
Bendini, Lambert and Locke |
ベンディーニ・ランバート&ロック |
……………… |
28 |
3. |
Suspicious |
疑惑 |
……………… |
48 |
4. |
The Cayman Islands |
ケイマン諸島 |
……………… |
68 |
5. |
The Truth |
真実 |
……………… |
88 |
6. |
Blackmail & Confession |
恐喝と告白 |
……………… |
106 |
7. |
The Plan |
計画 |
……………… |
126 |
8. |
Copying Files |
ファイルのコピー |
……………… |
148 |
9. |
The Chase |
追跡 |
……………… |
172 |
10. |
The Morolto Brothers |
モロルト兄弟 |
……………… |
196 |
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■コラム
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アメリカの弁護士 |
……………… |
46
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アメリカの司法制度 |
……………… |
66
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John Grishamについて |
……………… |
104
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トム・クルーズについて |
……………… |
146
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アメリカにおける法律事務所の宣伝文 |
……………… |
194
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シドニー・ポラックについて |
……………… |
212
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい → 難しい
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
19点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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