■この映画のストーリー
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この映画はコンピュータプログラムの数列がスクリーン一面に緑色の雨のごとくに降り注ぐ映像で始まる。『マトリックス』(The
Matrix,'99)は、第72回アカデミー賞の4部門(編集・音響・音響効果・視覚効果)で栄誉のオスカー像を受賞した。
120台もの高性能カメラを使ったアニメ製作手法で撮影した視覚効果は抜群であり、物語の内容も観客に多くの疑問を投げかける秀逸した映画である。仮想現実とは?マトリックスは?自分で見つけよ?信念は・・・?映画は「現実の世界」(the
real world)は「実在の砂漠」(the desert of the real)にすぎないことをネオや観客にみせ示す。ネオの肉体に電極を差し込み仮想現実という異次元空間へ送る瞬間、そして「実在の砂漠」のヴィジョンによって「現実の世界」が実在の残骸にすぎないことを認識する瞬間はショッキングである。一方、驚嘆させてくれるシーンは、物語の主役たちが、1999年の同一次元をある仮想空間から別の仮想空間へとプログラムと電話回線で出入りし、あるいは1999年から2199年の異次元空間を移動したり、サイバースペースを自由自在に飛行する超スピードのアクションをスローモーション手法でみせるシーンである。
監督・脚本はラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟、主演はキアヌ・リーブス/ローレンス・フィッシュバーン/キャリー=アン・モス/ヒューゴ・ウィービングである。サイバーパンク小説の影響も強くうけたウォシャウスキー監督は、『マトリックス』を『ブレードランナー』(Blade
Runner,'82)を凌ぐ映画、つまりサイバーパンク映画の決定版にしようとしたと言われている。
サイバーパンク小説は、ウィリアム・ギブソン(William Gibson,1948-)の長編小説『ニューロマンサ』(Newromancer,'84)が
SF 小説の3冠賞(ヒューゴー賞、ネビュラ賞、フィリップ・K・ディック賞)やその他の賞を受賞したことで、「世界がコンピュータ・ネットワークによって支配される未来社会を描いた
SF ジャンル」として位置付けられるようになった。
物語の世界は、22世紀の世界は20世紀の人間が創り出したA.I.(人工知能)を持つコンピュータが人類にとって代わって支配している世界である。地球は砂漠化し、もはや人類は産まれるのではなく発電所の栽培農地の培養カプセルの羊水の中で栽培されている。チューブでつながれた体から発生する生体エネルギーは集められ、それがコンピュータや電話その他の動力エネルギーに使われている。しかし、高度文明社会に生きた人間のイメージをデジタル化してコンピュータのプログラムにインプットしてあるので、コンピュータ種族はマトリックスの仮想現実の中であたかも真の現実を享受しているかのように同じ日常生活を暮らしている。
ハイテク高層ビル群と崩れかけたスラム街の同居する現代社会(1998-9年)。ソフトウェア会社に勤めるプログラマーのトーマス・A・アンダーソンはネオと名乗るハッカーとして別の顔も持つ。最近は起きてもまだ夢のなかにいるような感覚に悩まされている。ある日、自宅のパソコンのモニターのカーソルが点滅して、不思議な文字列が浮かび上がる。そしてミステリアスな美女トリニティに導かれて、モーフィアスという男に出会う。「マトリックス」とは?彼の手から赤いピルを選んだネオは、「不思議の国」の「アリス」のように、電脳仕掛けの機器の中を果てしなく落ちていく。ネオは目覚めたとき、モーフィアスから「現実の世界へようこそ」(Welcome
to the real world.)といわれ、秘密を聞かされる。ホバークラフト「ネブカドネザル」号の船内で、現実(2199年頃)をなかなか信じられないネオだが、柔術やエージェント・プログラムで訓練を受け、彼らの実戦に加わり電磁パルス(EMP)の威力を知る。電話回線から「ネブカドネザル」と「マトリックス」を出入りし、心を解き放つこと(flee
your mind)を悟り、凶悪エージェントたちに立ち向かう。死、愛、目覚め、復活を経てネオは救世主となる。目を覚ましても夢をみているような感覚の男から、ついにネオは選択し(make
a choice)、自分の信じることを行動する男に変わった。
スクリーン一面にトレースプログラムの数列が緑色の雨のごとくに降り注ぎ、その真ん中に「システムエラー」の文字が出る。電話の声が聞こえ、"...Where
we go from there is a choice I leave to you." といって物語は終る。
さて、この映画のキーワードだが、映画では『不思議の国のアリス』『聖書』『ギリシャ神話』から名前や語句が引用され、またサイバーパンク小説からコンセプトの引用、数学理論、物理・生物学の知識も駆使され、従来のSci-Fi映画に一味ちがうスパイシーが加味されているのでじつに複雑多数であるが、例えばつぎのような語をあげておこう。
サイバーパンク(cyberpunk) サイバースペース(cyberspace) 人工知能(artificial-intelligence)
シミュレーション(simulation) 人間VSコンピュータ(human-vs-computer) 武術(martial-arts)
訓練(training) ガットリング銃(gatling-gun) 電磁パルス(EMP) サングラス(sunglasses) 信念(belief)
選択(choice) 心を解き放つ(free a mind) 死(death) 救世主(messiah) オラクル(oracle)
キリスト教(Christianity) 仏教(Buddhism)
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塚田 三千代 |
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■この映画の英語について
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CG技術を駆使し、古典物理学や生物としての肉体の限界や論理を一切無視したこの映画から英語を学ぶには、おそらく2つの両極端からのアプローチが可能でしょう。
その第一は、英語を聞いて即反応する訓練にこの映画を役立てるというものです。「反応」と言っても、例えば相槌を打つとか反論するとかいうような、言葉で「反応」する、というだけではありません。確かにそうした側面もなくはないのですが、この映画ではむしろ、英語を聞いてそれを頭の中で日本語に訳すことなく、反射的に行動に移す訓練が擬似的に行える場面が目立ちます。例えば、24〜26ページにかけて、Neoが携帯電話を通じて、Morpheusから送信されてくる問答無用の指示通りに素早く行動しなければならない場面があります。ページの上の活字で読んでしまえば何ということもない所ですが、スクリーン上で、初めて見、聞きながら、果たして指示通りに行動できるでしょうか?
映画の後半でも、Tankからの状況説明と逃げ道の指示などが送信されてくる場面が何度かありますが、そうした緊迫した場面で、正しく聞き取り、的確な行動に移れるでしょうか?
誤解を恐れず極論すれば、日常の平和な状況で英語が通じるからと言って、何の役にも立ちません。むしろ、事故とか災害とか、生死を分けるような緊急時に英語で身を守れるか…?その時こそ、真の英語の実力が試される訳です。この映画は、その意味で、スクリーン上での仮想の出来事とは言え、絶好の訓練材料になると言えるでしょう。
この映画へのもう1つのアプローチは、この「英語を聞いて即行動へ」とは正反対の、瞑想的とも言える知的なアプローチです。NeoとMorpheusが直接に初対面する場面(36ページ以下)で、Matrix
に絡め取られた人間存在についての問答が行われます。ここには、lifeとtruthという単語以外、取り立てて哲学的と言わねばならない言葉は出てきません。しかもこれら2つの単語でさえ、日常的に何気なく使われているものです。けれどもこの場面で展開される、現代人の置かれた状況の説明は、思想的に極めて深遠なものがあります。つまり、この場面から、私達は、難解な言葉を使わずに、深い内容を語るかのテクニックを学べるのです。
今、「瞑想的」と言いましたが、この用語は適切ではないかもしれません。というのは、この映画では、選択し行動することが何よりも重視されているからです。そのことは、本作品のクライマックスの一つである、青と赤のピルのどちらを飲むかの選択を迫られる場面での台詞、"This
is your last chance. After this, there is no turning back."(38ページ)、そして、作品最後の台詞、"Where
we go from there is a choice I leave to you."(144ページ)に明確に打ち出されています。人生は各人の瞬間瞬間の選択の連続から成り立っており、それぞれの選択の決断以後は、後戻りはできないという真実をこれほど簡単な英語で言いのけているというのは、実に鮮やかです。中学生でも使える語彙と文型によって、実存主義的人生観を表現しうる見本と言ってもよいでしょう。
同じことは、86ページに収録されているスプーン曲げのエピソードについても言えます。とても小さなエピソードではありますが、ここには、事物を人間がどのように捉えるか、という認識論的問題がさりげなく提示されています。この場面では、スプーン曲げという事象が仲介しているので、台詞だけに依存はできませんが、それでも、目の前の出来事の助けを借りながら、深い内容をいかに易しい英語で表現するかのヒントが得られます。
この映画には両極端のアプローチが可能ではないかと、初めに書きましたが、実はその両極はぐるりと回って結び合うとも考えられます。なぜなら、私達は言葉によって世界を認識し、言葉によって思考、行動しているからです。その意味で、これは英語を学ぶ者として考えさせられることの多い映画と言えるでしょう。
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鈴木 英夫 |
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■目次
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1. |
Follow The White Rabbit |
白うさぎを追え |
……………… |
8 |
2. |
The Agents |
エージェント |
……………… |
22 |
3. |
Down the Rabbit Hole |
うさぎの穴を下って |
……………… |
36 |
4. |
Real World |
現実の世界 |
……………… |
46 |
5. |
Training Begins |
訓練プログラム開始 |
……………… |
60 |
6. |
There is No Spoon |
スプーンはない |
……………… |
78 |
7. |
Deja Vu |
デジャヴ |
……………… |
94 |
8. |
Heroes Unplugged |
プラグを外された英雄たち |
……………… |
104 |
9. |
A Rescue Attempt |
救出作戦 |
……………… |
120 |
10. |
He is the One |
彼こそ救世主 |
……………… |
134 |
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■コラム
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マトリックス」と電話とコンピュータ |
……………… |
20 |
この映画の名セリフ1 |
……………… |
34 |
ハリウッド・スターとカンフーアクション |
……………… |
76 |
この映画の名セリフ2 |
……………… |
92 |
マトリックスとジャパニメーション |
……………… |
118 |
キアヌ・リーヴス |
……………… |
132 |
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい(1) → 難しい(5)
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
15点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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