■この映画のストーリー
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第20回ゴールデン・ラズベリー賞(Razzie Awards)は『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(99)に与えられた。アカデミー賞はベスト作品に与えられるが、こちらはその年のワースト、つまり一番の駄作に与えられる賞である。8部門の候補中5部門―作品賞、監督賞(バリー・ソネンフェルド)、脚本賞(ジム・トーマス/ジョン・トーマス/S.S.ウィルソン/ブレンド・マドック/ジェフェリー・プライス/ピーター・S・シーマン)、カップル賞(ウィル・スミス/ケビン・クライン)、オリジナル音楽賞(ウィル・スミス)―を独占し、さらに今年初めて世界中の人々から一般公募で選ばれる予定の「20世紀の駄作映画100本」にもすでにエントリーされている。ひっちゃかめっちゃかで見終って頭の中がカラッとする映画だから、これぞ駄作、ワースト作品といってベスト作品に対抗意識を燃やすのだろう。驚きというか、当然といえばいいのか。
原作はアメリカCBSの人気番組テレビ・シリーズ(1965-1970)で、このリメイク版の映画製作にあたって、大統領特別捜査官が活躍する西部劇にアクションとSci-Fi効果とコメディを満載させた。エンターテイメント最高傑作映画の一つといえる。
監督バリー・ソネンフルド(Barry Sonnenfeld)は『ビッグ』(88)、『恋人たちの予感』(89)等の撮影技師から、『アダムス・ファミリー』(91)で監督になり、『ゲット・ショーティ』(95)、『メン・イン・ブラック』(97)等のヒット作がある。ジョークのある滑稽な状況を大真面目に演出するスタイルの監督というのが定評。
主演ウイル・スミスは『インディペンデンス・デイ』(96)、『メン・イン・ブラック』(97)と立て続けのヒット作に出演した俳優。単純明快ですぐ撃ちまくる衝動的タイプの合衆国陸軍ジェームズ・ウエスト大尉の役で相棒ゴードンに喰ってかかり、へまをくり返すが、ジョークとアクションを振りまき、魅惑的な歌う踊子に変装して彼の危機を救うという活躍振りを楽しませてくれる。
合衆国法執行官アーティマス・ゴードン役のケヴィン・クラインは『ソフィーの選択』(82)でデビュー、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(88)でアカデミー助演男優賞を獲得し、『デーヴ』(93)、『フレンチ・キス』(95)、『イン・アンド・アウト』(97)等多数の作品に出演した多才な俳優。発明家で変装達人で教養ありの理性的なゴードン、情熱的な酒場女ドラ、勇気あるグラント大統領の3役を1人で演じ分ける。
物語は、南北戦争終結から4年後のこと。鬱蒼とした森を背景に1869年ルイジアナ州の字幕が現われ、森の暗闇の中を金属製の首輪をはめて逃げ回る男をクモ紋章のついたぎざぎざ円盤が空を切って追いかけるシーンから始まる。
J・ウエスト大尉とA・ゴードン法執行官の2人は、大統領の命令で同じ任務に就くが、水と油のように性格の違う2人のこと、行動をともにするはめになってからのドタバタ騒ぎが連発。変装がうまく、奇妙な武器もつぎつぎに発明し、自分でトリフ入りのガンボ料理をつくるのが自慢の美食家ゴードンと、単純で何よりも拳銃を撃つことの得意なウエストとはとても気が合うはずはない。そんな2人だが反発しながらもなんとか協力しあって誘拐犯人を捜査する。
ところで、2人の行く手には「ニューリバティの流血将軍」のニックネームを持つマグラス将軍と8本脚のタランチュラに乗って美人兵士に守られるアーリス・ラブレス博士が待ちうけている。元南軍マグラスの軍隊はもはや旧式で、ラブレスの最新式機械技術を装備した陸上装甲艦によって全滅されてしまう。ラブレスは南軍のために献身したが戦争で下半身を失ってしまい、それを逆うらみして、スパイダー渓谷に不満分子を集めてラブレス帝国の建国を夢みている。グラント大統領が自分の提案を認めないので、タランチュラを発動して最新テクノロジー武器で町を全壊し、さらに大統領の暗殺も企てる。しかし、ウエストのアクション奮闘のおかげで誘拐されていた化学者と大統領も救出でき、めでたし、めでたしで映画は終る。
この荒唐無稽な西部劇の真面目部分として、実際の歴史事実を映画から拾いだしてみよう。まず、ウエストが参加した黒人騎兵隊については、リンカーンの奴隷解放宣言(1863)後、自由と連邦のために戦った元奴隷の黒人兵士は、南北戦争終結(1865)までのわずか2年間で15万人に達したという。ワンダラー号の列車の室内に掛けてある刺繍織の額縁は、アメリカ独立戦争当時の連邦13州を象徴する星条旗(1777.6
制定)である。ユタ州の大陸横断鉄道式典は、その完成(1869)によって合衆国の東部と西部が初めてつながり、経済・人・物流の活況、駅馬車の衰退というターニング・ポイントとなった。その他、高地や山岳地域の連邦再復帰を目指す秘密組織「赤い紐」等々、アメリカ史の一部であって完璧ではないがよく理解して映画が創られている。これはドタバタ場面でもまじめにジョークを使う演出テクニックを手腕とする監督バリー・ソネンフェルドならばこそといえよう。
さて、この映画のキー・ワードはというと、足を引っぱる(drag)、ガットリング機関銃(gatling-gun)、タランチュラ(tarantula)、仕掛けもの(gadgets)などをあげることができよう。特にこれらには裏の意味もあるので調べるとまた面白い。
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塚田三千代 |
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■この映画の英語について
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007シリーズを南北戦争時代にタイムスリップさせたような、荒唐無稽、奇想天外、ドタバタ、ハチャメチャの本作品には、いわゆる名画とか文芸大作とかにあるような、心に残る名台詞などは望めません。この作品から「生きる勇気を与えられた」台詞を抜き出すこともまず無理でしょう。
では、こうした映画を使って英語を学ぶことはできないのかというと、決してそうではありません。いや、むしろ、筋の展開や登場人物の内面の成長や葛藤といった、面倒な(?)事柄に気を使わずに済む分、英語そのものに耳を傾けることができるのです。娯楽に徹し切ろうとした本作品をB級作品と呼ぶのは当たらないとは思いますが、世間に多いB級作品の場合も、英語を学ぶ手段としては、なかなか捨てがたいものが多いということは頭の隅に置いておいた方がいいでしょう。この辺も、教室的、教科書的発想から、思い切った切り替えが必要なところです。
ドタバタのアクション場面が各所に鏤められている本作品では、神経を集中すべき場面と、気を抜いてリラックスして、もっぱら視覚的に楽しめる場面との切り替えによって、メリハリが利いているのもありがたい特徴と言えるでしょう。2時間にも及ぶ作品の最初から最後まで、一語一句聞き取ろうと緊張を続けるのは、事実上無理な相談です。テレビの民間放送の場合は、適当な所でコマーシャルが入るため、そこで一息付けるのですが、作品の自然な流れはそこで断ち切られてしまいます。本作品のような場合、台詞中心の場面になったら、聴取に全力を集中し、ドタバタ場面になったら、リラックスする・・・というのがお勧めの視聴法です。
ところで、その台詞中心の場面で本作品の特徴の一つと言えるのが、センテンスの長さが非常に長い台詞が目立つ点です。Gordon とLoveless
の台詞にそれが特に顕著ですが、様々な技術的仕掛けによって相手を圧倒しようという態度が、台詞にも現れている点で面白いものです。つまり、大言壮語とは正にこのことで、例えば、p.
68の Gordon の台詞("Allow me to introduce...")は1センテンスが39語、p. 104の同人物の台詞("And
here we stand...")は1センテンスが48語、p. 98の Loveless の台詞("I'm sure...")に至っては1センテンスが何と60語にも及んでいるのです。話されるままに、頭から順次理解していくという、英語聴取の大原則が長大なセンテンスの場合ほど当てはまることはありません。さらに、Gordon
や Loveless の台詞は、センテンス自体が長いだけでなく、ひとまとまりの台詞そのものも長いものが多いので、こうした長い台詞を、台詞の流れのままに意味を取っていくというのは、政治家や財界人などの演説を正確に聞き取るための予備訓練として大いに役立ちます。
相手の言うことを聞き取るという作業に対して、他方、自分でも実際に使える表現を学ぶというのはどうでしょうか? 本作品から一例を取ってみましょう。最後の台詞です。Gordon
が "Do you mind if I ask you a question?" と尋ねるのに対して、West は "Actually,
I do, Artie." と答えます。欧米人に対して、「No と言える日本人」となるべきだとの主張がなされて久しいですが、"Yes,"
"No" の使い方が、理屈では分かっていてもとっさになかなかうまく使いこなせない "mind" をふくむ問いかけに対して、いかに
"Yes," "No" を直接口に出さずに、相手からの要請を拒絶する仕方が、このやり取りから学べます。複雑な人間関係から生じる、心理の綾、微妙な心の襞など完全に笑い飛ばして、娯楽本位を貫いた本作品では、この例のように、前後の脈絡から切り離して、他の日常的な会話場面で使える表現や台詞、やり取りがたくさん散りばめられています。それを聞き取り、抜き出すのが本作品鑑賞の楽しみの一つと言えるでしょう。 |
鈴木英夫(東京大学教授) |
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■目次
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1. |
West and Gordon |
ウエストとゴードン |
……………… |
8 |
2. |
The White House |
ホワイトハウス |
……………… |
28 |
3. |
Friends of the South |
南部の友人 |
……………… |
42 |
4. |
Hang Him! |
縛り首だ! |
……………… |
58 |
5. |
An Ambush |
奇襲 |
……………… |
72 |
6. |
Follow that Tank! |
あの戦車を追え! |
……………… |
82 |
7. |
Magnetic Personalities |
磁気にはまった名物男 |
……………… |
98 |
8. |
The Tarantula |
タランチュラ |
……………… |
114 |
9. |
Air Gordon |
飛行士ゴードン |
……………… |
130 |
10. |
Heartbroken |
恋に破れて |
……………… |
140 |
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■コラム
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ウィル・スミスと音楽 |
……………… |
26 |
西部劇を振り返って |
……………… |
56 |
奴隷に自由を認める州 |
……………… |
70 |
言葉にない音と擬声音 |
……………… |
112 |
Promontory Point |
……………… |
128 |
グラント大統領 |
……………… |
129 |
この映画の名セリフ |
……………… |
138 |
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■リスニング難易度
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評価項目
| 易しい(1) → 難しい(5)
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・会話スピード
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・発音の明瞭さ
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・アメリカ訛
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・外国訛
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・語彙
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・専門用語
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・ジョーク
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・スラング
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・文法
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合 計 |
19点 |
( 16以下 = Beginner, 17-24 = Intermediate, 25-34 =
Advanced, 35以上 = Professional )
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